リコリス・ピザ

1970年代のハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレーで子役をしている15歳のゲイリーは、将来が見えないままカメラマンのアシスタントをしている28歳のアラナに一目惚れし、2人はなんとなく付き合い始める。
ポール・トーマス・アンダーソン監督最新作。

PTA監督は突き詰めれば共通するテーマのようなものがあるかも知れませんが、わたしにとっては作品が公開される度映画館で観てきて好きな作品もあるにも関わらず未だつかみどころのない作家という感じです。
観終わったあと「映画」として残るというより何か「記憶」として頭のどこかにこびりつくような。
例えば以前、刀削麺の店に入ったら客席のすぐ隣で「バンッバンッ」という結構大きな麺打ちの音が店中に響いていて、その時1997年のPTA映画『ブギーナイツ』終盤で麻薬取引をしている横でなぜか爆竹を鳴らしてる奴がいて主人公がずっとビクビクしている…というワンシーンが浮かぶもそれが映画だったか自分の体験だったかは瞬時に分からなかった…という体験をしたんだけどそんな感じ。
なんかいつもそんな「変な記憶が残る」というのがわたしにとってのPTA共通項かも知れません。

今回の『リコリス・ピザ』は基本恋愛ものという事もあって過去作の中では比較的落ち着いているというか、そこまで突拍子のない出来事は起きない…と思わせておいてやっぱりところどころどうかしていた。
本当にあったのか夢だったのかあやふやな子どもの頃の記憶、という感じ。
ハリウッド近郊で子役をしているという事もあり、ゲイリーが出くわす大人たちはみんなどこかネジが飛んでいて、可笑しくはあるもののやっぱり普通で考えたら怖いんですよね。
そういうスレスレ感が映画の最初から最後まであってたまりませんでした。
登場人物それぞれに当時の実在のモデルがいる、という点も正に上手な嘘のつき方で効果的だった。
ショーン・ペン、ブラッドリー・クーパーが怖かったなあ〜。
特に後者のエピソードは「もしかしてこの映画は人が死ぬのか?」と焦りましたもん。
後半、選挙事務所で働くアラナに起きた『タクシードライバー』オマージュのちょっとしたトラブルも妙に怖かったし、常に変な緊張感がある。

そんな「変な記憶」と70年代アメリカ西海岸の夏の空気感がなんとも心地いい。
特に夕方から夜にかけての気だるい、けど何か楽しい事が起こるんじゃないか?ってワクワクする感じと街並みにうっとりします。
この辺は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でブラピがラジオを聴きながら窓を開けて車を走らせる、あの一連のショットの気持ちよさに通じるものがありました。時代も舞台も近いし。
ストーリー展開に夢中になる楽しさも映画にはあるけどこういう空気感を感じられるのも映画の魅力なんですよね。
そしてそれができる映画は間違いなく傑作!

15歳のボーイフレンドとその友達(当然みんな子ども)とつるむ28歳のアラナの、ヤケクソ感とかわいらしさのギリギリのバランスも最高でした。
特に水着姿で行き場を失ったあの感じ…なんかこういう夢見た事ある気がするぞと思って「はわわ…」ってなった。
あらすじだけ読んでると自虐的か、それか嘲笑的な映画かのどちらかになってしまいそうなのに観ると全然そうではない。
アラナに対して「おかしいんじゃないか?」と言ってくる人はいても映画としては彼女を否定も肯定もしていないのがよかった。

故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子クーパー・ホフマンのデビュー作としてもこれ以上ないぐらい最高じゃないでしょうか。
もちろんPTA作品にはPTA監督の世界観がありますが、やっぱりいつもどこかにフィリップ・シーモア・ホフマンの、シニカルだけど暖かいあの感じが常に在る気がする。
今現在、観たい劇場公開作目白押しなんですができればもう一回観に行きたいと思うぐらいお気に入りの映画になりました。

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